クルーズ船を受け入れた決断~キューバ政府のぶれない対応

キューバ
英客船「ブリーマー」から「キューバ愛しているよ」(キューバ共産党機関紙「グランマ」)

カリブ海の港で「たらい回し」にされていたクルーズ船をキューバが受け入れ、話題になりました。この客船は英国フレッド・オルセン・クルーズラインのブリーマー号。乗客682名、乗員381名のなかに新型コロナウィルス感染者5名と、船内で隔離されている50名がいたため、バルバドスやバハマで入港を拒否されていました。

約2週間の旅を終える予定だったブリーマーは、1週間以上もバハマ沖で立ち往生していました。キューバに入港許可を打診したところ、16日(現地時間)、「人道上の懸念がある」という理由で、クルーズ船を受け入れると発表しました。

乗客乗員は18日に下船後、ハバナ空港滑走路に直行し、英国に向けて4機の英チャーター機で出発しました。うち1機は感染者や隔離対象者を対象にしており、治療や経過観察のため、英国の軍事基地に向かいました。

 市民の対応をマニュアル化

ブリーマーに新型コロナウィルスの感染者がいることが判明してから、寄港先が次々に慎重な姿勢を示したのは、横浜港に停泊した「プリンセス・ダイアモンド」で集団感染が起き、混乱に陥ったこともあるでしょう。

それではなぜキューバは協力できる体制にあったのでしょうか。

ひとつ目の背景として、キューバが新型コロナウィルスに対して、入国制限をせずに、「国民の意識を高める」対応を優先してきたことが挙げられます。こちらの記事でも紹介したとおり、キューバでは予防から対応までを含めた、医療や健康への知識を国民に持ってもらうことに力を入れています。国民約600人(150~200家族)にひとりの割合で家庭医がおり、コミュニティ全員の健康状態を把握しています。

新型コロナウィルスに関しても、19日(日本時間20日)現在、キューバ国内で16人の感染が確認されていますが、「こういう場合はこうする」と、対応をマニュアル化し、家庭医に相談できる態勢や感染者を受け入れる医療機関の準備に力を入れることで、さらなるウィルスの広がりを防いでいます。

 世界58カ国で医療活動

水際対策としては、すでに2月中旬から入国者に対する健康チェックをしたり、タクシーや観光車両の運転手、旅行者が滞在するホテルや民宿に「症状が出ている人がいないか観察してほしい」と要請したりするなどしていますが、現段階(19日時点)では、観光客は基本的に症状がなければ自由に入国でき、行動制限などもとくにありません。

もし入国制限をするといっても、キューバ国籍を持つ人、キューバに住む人の家族は世界中に散らばっていて、行き来している人も大勢います。実際現時点で新型コロナウィルスの感染が判明している16名のうち、フランス、イタリア、スペイン、米国、カナダ出身の外国人が9名、海外から里帰り、あるいはヨーロッパに住む家族から感染したキューバ人が7名となっています。こうしたなかで、自分、周りの人の健康に対する認識を高め、国内で感染を広げないようにどう対策するかに今は力を注いでいるといえるでしょう。

ふたつ目は医療体制に関して、キューバはこれまでも「国際協力」を土台にしてきた経緯があります。キューバでは人口あたりの医師の数が世界でもトップクラスで約9万人おり、うち2万8千人が世界58カ国で医療活動を行っています。海外での医療支援は、キューバの貴重な外貨獲得源であると同時に、中南米やアフリカなど、医師が不足している貧しい地域などへの支援が中心となっています。アフリカでエボラ出血熱が勃発したときにはキューバの医師が先陣を切って、現地の医療支援に当たりました。

 イタリアにも医療支援

キューバ人医師が海外に派遣されている国のなかで、34カ国は新型コロナウィルスの感染者がおり、キューバ保険省と連絡を取りながら治療を行っています。加えて約400人の医師が、海外からの協力要請に応えるため、IPK(熱帯医学研究所)でトレーニングを受けており、イタリアのロンバルディア地方にもまもなく派遣される予定です。

感染者の激増により、医師が不足しているイタリアは、フランスなどEUの加盟国に支援を要請するも断られてきました。結果的に中国やキューバが医師を派遣することになりました。キューバが研究を進めてきたインターフェロン・アルファ2bという薬が新型コロナウィルスに有効とされ、中国でも使われたため、治療薬に対する期待も高まっているようです。

緊急事態だからこそ、国際協力や各国間の連携が必要になる。今回キューバがクルーズ船の受け入れに当たって、強調していたのは国家間の協力でした。もちろん、キューバの人口1千万人強の小さな国ですから、危機を乗り越えるにあたり、他国との連携の大切さを痛感してきた場面は多かったかもしれません。

 世界に広がる「自国ファースト」対応

しかし、新型コロナウィルスの混乱を背景に、福祉面でも協力し合うつながりをめざしたEUでも、国家間の協力が難しくなったり、トランプ米大統領がワクチンをめぐり、ドイツと「争奪戦」を繰り広げているというニュースが世間をにぎわせたり。さらには政治利用と見まがう主張も出ており、新型コロナウィルス対応をめぐる「自国ファースト」の動きはとどまるところを知りません。

米中の外交トップは新型コロナウィルスの対応をめぐり、非難の応酬を繰り広げています。これに関していえば、日本では感染症と公衆衛生を専門とする、川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長が「中国が早い段階でウィルスの遺伝子全配列を公表したおかげで、日本でウィルスがいないうちから検査キットを使うことができた」と話しており、受け止め方に違いがある印象です。

一方、韓国の新型コロナウィルス対策について、欧州などでは「死亡率の低さ」などを理由に、韓国政府の対応を評価する声も出ていますが、日本は韓国に対してイタリアよりも厳しい入国規制をしており、これに対して韓国が反発をするなど、政治論争を巻き起こしました。

 英国政府も感謝の意

感染者が急増するイランも、2018年から続く米国の経済制裁による影響が出ています。本来は制裁の対象外であるはずの医薬品が、制裁の影響で輸入が滞り、値段が高騰し、感染拡大の一因とされているのです。

キューバは経済状況が決して豊かとはいえない国です。それでも今回、困っている国や状況には手を差し伸べました。英国政府もクルーズ船の受け入れに感謝の意を示しました。もちろん小さな国だからこそ、できることもあるかもしれません。それでも、キューバの取り組みは自分たちの国を見つめるうえで、参考になることが多いのではないでしょうか。

参考:
キューバ共産党機関紙、グランマ(Gramma)
キューバ掲示板サイト、クバディバテ(Cubadebate)
MPN News “How Cuba is Leading the World in the Fight against Corona Virus
日本経済新聞「新型コロナ感染の英クルーズ船、キューバが受け入れ
CNN “Virus-hit cruise ship MS Braemar docks in Cuba after Caribbean odyssey
Pressenza “Coronavirus pandemic: China and Cuba send medical teams, equipment and medicine to countries

Prensa Latina “Antiviral from Cuba among drugs used against coronavirus in China
New York Times “U.S. Offered ‘Large Sum’ to German Company for Access to Coronavirus Vaccine Research, German Officials Say
毎日新聞「米の制裁で混乱するイランの医療現場
The Washington Post “South Korea’s coronavirus success story underscores how the U.S. initially failed

ケパサenミカサ編集部

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