EUと米国の争奪戦のはざまで~新型コロナ対策で混迷極めるエクアドル

エクアドル
ダンボールの棺とともに墓地で順番を待つエクアドル、グアヤキルの女性(Ecuavisa)

新型コロナウィルスの世界的な感染拡大が広がるなか、気になるのは医療体制がぜい弱な、発展途上国の状況です。

 新型コロナ対策連携でG7まとまらず

3月17日、新型コロナウィルス対策を課題にG7によるテレビ会議が開かれ、「世界経済の安定を支援するため、保健対策で協調体制を取る」と表明しました。それをふまえて25日のG7外相会議では外相レベルで「治療薬の開発や途上国支援などに連携して取り組んでいく」ことを確認しました。

しかし、具体的な連携の内容が示されることはなく、共同声明も発表されていません。合意に至らなかった理由には、アメリカのポンペオ国務長官が新型コロナウィルスを「武漢ウィルス」と呼ぶことを主張したため、と報道されています。

主要先進7カ国は国際社会のリーダーとしての存在感をアピールしようと試みたものの、「G7各国の世界」にしか、目を向けていないことが露呈されてしまいました。さらに米国とEU各国の間でも、マスク、医療品、人工呼吸器をめぐる争奪戦が激しさを増しています。

 マスク、医療品の横取り報道も

たとえば、こんなニュースも世界をめぐりました。中国の空港で、フランス行きの医薬品を米国人が3~4倍の金額を払って横取りしたとフランスの数名の知事が主張し、米国関係者は「嘘だ」と反論したこと。

そのフランスもスウェーデンとの間で、マスクをめぐる外交問題が起きていました。スウェーデンのヘルスケア会社、エンリッケがイタリア、スペイン向けに中国に発注したマスク400万枚がマルセイユ港で「安全保障上の理由」により没収されたのです。外交交渉の結果、フランスはイタリア、スペインそれぞれに100万枚のマスクを送ることを許可しましたが、フランスは残りのマスクを没収してしまいました。

ドイツも中国から対経由で輸入するマスクが「米国に横取りされた」と主張して米国を非難していましたが、3月に入ってから医療品の輸出を全面禁止して、医療崩壊に陥ったイタリア、スペインを支援することはありませんでした。

米国の医療品メーカー、3Mはカナダ、中南米向けに中国とメキシコで医療用マスク、防護具等を生産していましたが、トランプ政権は国防生産法に基づき、医療品の輸出を禁止しました。カナダのトルドー首相は製品の原材料の多くがカナダ産であること、カナダの看護師が国境を越えて米国人の治療に当たっていることを交渉材料に、輸出禁止対象国からカナダを外させることができたのです。

 EU間でも大きな亀裂

EUは7日、ユーロ圏財務相会議を開き、新型コロナウィルスの影響を受ける経済政策について協議をしましたが、感染者数や死亡者数が最も多く支援が必要なイタリアやスペインと、北ヨーロッパとの間で大きな亀裂が浮き彫りになりました。

とくに現在のEUを象徴しているのがセルビア大統領の「国際的な連帯はヨーロッパに存在しない」という発言です。ヨーロッパの隣国から、一切支援が得られていないことを批判しました。

さらに物議をかもした報道もありました。フランスの医師がテレビ番組で、「ワクチンの実験をするのにアフリカ人がいい」と提言し、これに対してアフリカ系サッカー選手が「アフリカ人を人間モルモットにしようとしている」と非難しました。

 ダンボールで棺を急ごしらえ

新型コロナウィルス感染拡大で、経済力を持つ国々が自国を守る対策に勤しむなか、そもそも貧困が広がり、インフラ整備も追いつかない発展途上国は支援も受けられず、深刻な状況に陥っています。なかでも、南米で最悪といえる状況にあるのが、エクアドルです。

亡くなった家族を埋葬できず、引き取りを懇願する家族の悲痛な声。自宅に置いたままの遺体。死臭に耐えられず、路上に置き去りにされたままの遺体。街なかで倒れ込み、そのまま死亡する人の姿…。エクアドル第2の都市、グアヤキルの衝撃的な映像が3月後半、SNSを通じて多数投稿され、人びとは助けを求めました。

当初は各国メディアが取り上げ、こうした状況が明るみになりましたが、政府は当初フェイクニュースだと疑っていました。ところが、事実と分かり、副大統領が国民に謝罪をする事態に。警察と郡が遺体回収に動きました。4月6日の軍発表によると、500余りの遺体の回収が完了したとのことです。

エクアドル(人口1708万人)は2月29日に感染者が初めて判明して以来、感染者数は4月17日時点で8450人、死亡者数は421人(このほか、新型コロナによる可能性のある死者の数が675人と政府が発表)にのぼります。前日、モレノ大統領がグアヤス県(グアヤキル市が位置する)の4月1日~15日の死者数(全ての死因の合計)を6703人(通常時より5703人多い)と発表しましたが、新型コロナとの関係はまだ分かっていません。今後、グアヤキルだけで約3500人の死者が出るのではないかと予想されています。

これに伴い、棺の値段が1500米ドル(約16万円)までに高騰し、政府は貧困層向けに急ごしらえのダンボール製棺を用意して、共同墓地の準備を急いでいます。

~エクアドル混乱の背景~

◇大統領の初期対応
◇閣僚が次々辞任
◇地方行政対応の失敗
◇ぜい弱な医療体制
◇国内政治、経済の混乱
◇米国やEUから支援得られず
◇中南米諸国の分断

 「SNS投稿は政敵のフェイクニュース」

エクアドルのレニン・モレノ大統領はインタビューで、「外出禁止令違反者が多い。テロリスト的な行為だ」、「SNSの投稿は政敵のフェイクニュースだ」、「前政権の責任だ」と話していました。新型コロナウィルス感染の初期対応が遅れたとの見方があります。

閣僚が次々と辞任したことも混乱に拍車をかけました。3月21日は保健省のカタリナ・アンドラムーニョ大臣が以下の内容を指摘し、辞表を提出。

「2019年12月末から新型コロナウィルス拡大対応のために専門家や医師が準備してきたが、政府内で緊急事態としての認識がない」
「官僚の多くは公共衛生の認識がなく、現状を理解していない」
「緊急対応の財源が示されていない」

一方で、辞表提出の前日までは「200万の検査キットが入る予定」とインタビューに答え、医療品は十分にあると政府を擁護するコメントを出していました。この点について、国会は元大臣を招致して、200万の検査キットについて説明するように求めていますが、その後、国会には現れていません。

ほかにも、閣僚の辞任が相次いでいます。労働省大臣や大統領報道担当が、新型コロナウィルス感染のために辞任しました。

加えて、社会保険庁所長が、緊急事態のマスク購入に関連して金額を上乗せしたという、汚職の疑いがあり、否定はしたものの、辞表を提出しました。首都キト市の治安行政責任者も、感染リスク地区の秘密文書がSNSで拡散したことで引責辞任しました。

 欧米で休暇を過ごした市民が帰国

エクアドル第2の都市、感染拡大が顕著なグアヤキルの市長は、ウィルスに感染していましたが、職場復帰してインタビューに応えました。そこで、強調していたのは政府対応、地方行政対応の失敗でした。

グアヤキルは1~2月、休暇の時期で、ヨーロッパや米国で過ごす市民が多く、空港での対応が不十分であったこと、感染経路の調査もしっかりできていなかったことを認めました。

さらに、市長は政府与党とは別政党に属しますが、そのためもあるのか、連携が取れておらず、病床追加の許可を依頼しても、政府から2週間以上返答がないことを明らかにしています。

 何故自宅で死亡者が相次いだのか

エクアドルで顕著な現象は、医療施設で治療を受けられない人が多いことです。なぜ自宅で亡くなる人が多いのでしょうか。これに対して、新しい保健大臣はこのようにインタビューで答えています。

「2018年、19年の遺体数と比べ、50~70パーセント増加して、対応が追いつかない」
「家庭内で死亡した場合、葬儀社に直接埋葬を依頼するが、ソーシャルディスタンシングの方針や外出禁止令、地域封鎖により、対応が遅れた」

医療崩壊も起こっており、病床数が不足し、死者が予想を超えるレベルに到達しました。初期は1日当たり平均35人が亡くなっていたのが、現在は150人を超えています。

 先住民団体が中心の反政府デモ

エクアドルは昨年10月、先住民団体が中心となったデモが起きました。鎮圧に当たった警察や軍による、暴力的な取り締まりに対して、デモ隊の一部が暴徒化し、略奪が起こるなど混乱を引き起こしました。暴動は全国的な規模に発展し、政府機関が一時、首都キトからグアヤキルに避難せざるを得ない状況に追い込まれたのです。

原因はモレノ政権がIMFと合意した、42億ドルの融資と引き換えに発表した、財政緊縮政策への市民の反発でした。石油の原産国であるエクアドルは、2015年の石油国際価格の暴落により、経済が低迷していたのです。

経済政策として、低所得者30万世帯には、15ドルの定額給付金の配布等が含まれました。一方で、財政健全化に向け、民間部門では年収1千万ドルを超える企業に対し、3年間に渡り特別税を導入すること、財政緊縮政策として、公共部門では新規の期間雇用者に向けた給与20パーセント減、公務員の有休半減と給与1日分の返還、公務員2万3千人の削減などが盛り込まれていました。

しかし、デモの導火線となったのは、40年間続けられてきた、燃料費に対する政府の補助金の廃止でした。この発表により、燃料価格が120パーセントにまで値上がりし、公共交通、運送業者組合からのデモが始まり、先住民団体や学生までまたたく間に広がっていったのです。

 前大統領の反米路線から転換

燃料費の値上げによって、ドミノ式に交通費や食料品の価格に影響が出て、便乗値上げも始まり、貧困層を直撃しました。

政府は「国家を救うための必要な経済政策」と主張しましたが、現在ベルギー在住のコレア前大統領がデモ隊をSNS上で支持するなど、対立構造ができてしまいました。政府は「政敵」の批判を繰り返し、ついに「ベネズエラのマドゥーロ政権が影でデモ隊を操り、政府打倒を狙っている」と、根拠を示すことなく決めつけたりもしました。

その後、モレノ政権は燃料費補助金廃止を取り下げ、先住民との対話を数回行って、財政緊縮政策を一部緩和し、2020年1月1日以降、新しい経済政策を施行することとなりました。

モレノ大統領はコレア前政権で副大統領を務めたこともあり、コレア前大統領の政策を引き継ぐと思われていたのですが、コレア前大統領の反米路線、ばらまき政策からの転換を表明して、IMFをはじめとした、国際機関との協調を重視する姿勢を示していました。

こうした国家財政難や政治的分裂、貧富の格差が広がるエクアドル社会に、新型コロナウィルスの感染拡大が追い打ちをかけたのです。

 米国、EUは支援要請に回答なし

2007年に12カ国が参加して南米諸国連合(UNASUR)が発足しました。事務局はエクアドルのキト、南米議会はボリビアのコチャバンバ、南米銀行はベネズエラのカラカスに置き、EUをモデルとして政治的な違いは対話で乗り越え、民主主義強化の中で文化・政治・経済の統合と団結を目指しました。しかし、その後南米各国の政治的な思惑によって分裂が広がり、現在機能不全に陥っています。

昨年3月、UNASURと距離を置く国々が中心に「ラテンアメリカの前進と発展のためのフォーラム」(Foro para el Progreso y Desarrollo de América Latina=PROSUR)が発足しました。親米国中心の新しい国際的枠組みです。しかし、参加国が米国・EUに支援を要請するも回答が得られず、中国やロシアに支援を求めています。現在エクアドルはWHOアメリカ事務局であるPAHO(Pan American Health Organization)が医療品支援の供給をしています。

厳しい外出禁止令のもとで市民が暮らすエクアドルは今、新型コロナウィルス感染拡大に対して、病院や葬儀会社の対応が追いつかない事態が続いています。政治や経済の混乱に加え、国際支援を得る難しさも影響し、事態の深刻さに拍車をかけています。

参考資料:
El Mundo “Francia confiscó un millón de mascarillas destinadas a España durante 15 días” / L’Express “Finalement, la France restitue son stock à la Suède…” / L’Express “Guerre des masques entre la Suède et la France” / Le Point International “La guerre des masques s’enlise dans les tranchées chinoises” / L’OBS “Les Etats-unis démentent avoir surenchéri sur des masques destinés à la France, mais…” Bloomberg 「トランプ氏、マスクや防護具の輸出制限緩和-3Mやカナダと対立後」/ NHK「新型コロナウイルス感染拡大のEU 経済対策で亀裂浮き彫り」/ Record China 「セルビア大統領「欧州に団結はない、助けてくれるのは中国だけ」―海外メディア」/ CGTN (YouTube) “Serbia declares a state of emergency amid COVID-19 outbreak” / VOA news (YouTube) “Medical Equipment from China Arrives in Serbia” / BBC “Drogba et Eto’o critiquent “les essais du vaccin contre le Covid-19 sur les Africains” / Africa News “COVID-19: Drogba, Eto’o slam doctors’ for suggesting Africa should be used as a test site” / 24 Horas “Ecuador espera la peor situación por Covid-19; habrá más de 3 mil muertos en semanas” / 24 Ecuador “Ministro contradice a Viceministro y dice que hay 417 y no 1 600 trabajadores de la salud contagiados” / Ecuavisa “Balances sobre COVID-19 en Ecuador serán entregados por los COE locales este martes” / Ecuavisa(YouTube) “Entrevista a ministro de Salud, Juan Carlos Zevallos” / Teleamazonas Ecuador(YouTube) “Noticias Ecuador: Noticiero 24 Horas 09/04/2020 (Emisión Central)” / Aristegui Noticias “¿Qué está pasando en Ecuador ante cientos de contagios de Covid-19?” / BBC Mundo “Coronavirus | Entrevista con el ministro de Salud de Ecuador, Juan Carlos Zevallos: “No se pueden esconder los cadáveres” / Municipio de Quito(Twitter) / El Comercio “Secretario de Seguridad del Municipio de Quito dejo su cargo” / 外務省 世界の医療事情 エクアドル / 東洋経済オンライン「日本メディアが報じない南米『PROSUR』の正体 / 外務省 中南米 南米諸国連合(UNASUR)概要 / BBC Mundo(YouTube) “Las razones de las masivas protestas en Ecuador contra el gobierno de Lenín Moreno” / BBC Mundo(YouTube) “Coronavirus en Ecuador: el drama de Guayaquil con más muertos por covid-19 que países enteros” / BBC Mundo(YouTube) “Cuál es el papel del FMI en la crisis de Ecuador” / ABC News “Court finds ex-Ecuador president guilty of corruption” / 時事ドットコム「汚職で前大統領に禁錮8年 エクアドル」/ Popular Resistence Org. “Ecuador – and the IMF’S Killing Spree” / Bloomberg “Ecuador Debt Rises as Government to Repay Second Bond Ever” /  ジェトロ「モレノ新政権、前政権と一線を画す政策を推進-アジア諸国との経済関係も重視-(エクアドル)」 / 日本経済新聞「エクアドル新大統領が就任、左派路線継続を宣言

タイトルとURLをコピーしました