新型コロナウィルス感染拡大が深刻化する米国。トランプ政権は中国やWHOの責任を問う発言を投げかけ、波紋を広げています。
米国の科学者は2018年にトランプ政権が「これまで科学の研究を軽んじてきた」と声をあげていました。”憂慮する科学者同盟”とアイオワ州立大学が連邦政府16機関の科学者を調査し、次のような内容の報告書をまとめています。
「トランプ政権は科学的研究をないがしろにしている」
「ブッシュ、オバマ政権時代に比べ、科学者の(研究)環境が悪化した」
「政府介入による検閲によって、自己検閲を誘引しており、研究に対しての政治介入が科学者のやる気欠落につながっている」
そのほかにも、各機関の効率性が阻害されたり、財源がカットされたりして、「この状況は不幸であり危険である」と科学者の側からの声が上がっています。
科学者たちは新型コロナウィルスが発生する以前から「政権指導部は米国民の公衆衛生や安全のため、科学者と密に連携し取り組むことが不可欠だ」と警笛を鳴らしていたのです。
米中専門家、長年の協力体制が崩れるとき
米中の経済摩擦が研究に影響
トランプ政権は科学研究の予算削減を推進してきました。その結果、研究に支障をきたす例が出ていたのです。
昨年7月、米国CDC(疾病予防管理センター)職員として中国に赴任していた、リンダ・クイック医師は中国を去りました。この医師は中国の感染症人材育成プログラムに携わっていましたが、米政府の予算削減のため、9月にプログラムが停止しまったからです。
フリッドマン元CDC所長によれば、米中の経済摩擦が二か国間協力に悪影響を与えていたこと、トランプ政権が「中国と協力するな、中国は敵だ」とのメッセージを送っていたことを、メディアのインタビューで明かしています。一方、トランプ大統領側はこうしたメッセージを送ったことを否定しています。
かつては米中専門家に協力体制
当時、在北京米国大使館にはCDC米国人スタッフ3名が常駐しており、ほかに中国人スタッフ10名ほどが感染症対策の任務に当たっていました。
過去には米国と中国の専門家は協力体制を築いてきました。中国でSARSが流行した2003年、40名の米国人専門家が中国入りして共同で感染拡大を阻止しています。
以降、両国の間で緊密な協力関係が続いていました。トランプ政権は新型コロナウィルスに関して、「人造ウイルス」、「ウイルス流出」と武漢ウイルス研究所をやり玉にあげていますが、米国立衛生研究所(NIH)は370万ドルの資金を出して、同研究所にコロナウイルス研究を委託していました。専門家同士、研究分野では米中間で深いつながりがあったことがわかります。
米専門家は中国の取り組みを評価
米CDCは1月6日、「中国に公式的に専門家を送る用意がある」との申し出をしていますが、中国からの回答はありませんでした。米国の専門家が中国入り出来たのは2月後半、WHOと中国との合同調査が行わるまで待つこととなったのです。
合同調査には米中のほか、カナダ人専門家のブルース・エイルワードWHO事務局長補を代表に、ドイツ、日本、韓国、ナイジェリア、ロシア、シンガポールの専門家が参加しています。
米国からはCDC 専門家一人と、もう一人は米政府対策チーム(タスク・フォース)で中心的に役割をしている米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長の右腕といわれるクリフォード・レーン副所長でした。
帰国後、自宅で自主隔離してインタビューに応じ、中国の高度な先端技術に強い印象を受けたこと、重症者の治療を高く評価していることなどを話しました。しかし、感染源とされる海鮮市場で、ウイルスのサンプルや感染経路情報が得られていないとも明かしました。
疑わしい研究所に資金協力はできない
米国内で、新型コロナウィルスの感染が拡大するにつれ、中国に対する風当たりも強くなっていきました。4月末、トランプ大統領やポンペオ国務長官は、「ウイルス流出の証拠がある」と中国批判を強めていました。こうしたなか、米国立衛生研究所(NIH)は武漢ウィルス研究所への協力を今年度分から突然停止したのです。
これに対し、5年に渡り武漢ウィルス研究所の支援に携わってきた、ニューヨークに本部を置く非営利団体エコノミック・アライアンスのピート・ダスザク代表は、トランプ政権の突然の決定に困惑し、次のようにコメントをしています。
「科学の政治利用は大きなダメージにつながる。陰謀論は中国と米国の科学者のコミュニケーションを閉じてしまう。彼らがアウトブレイク(感染拡大)をどのようにコントロールしたか、それを知ることで我々も最善な方法でウィルスをコントロールする助けになる。大変悲しいが、奪われる命が増大する可能性がある。自己中心的な偏り、(研究所の)噂、政治文化にとらわれてしまうと、真の敵を見失ってしまう」
科学者への政治介入が強まる
米コロナ対策チーム内で仲たがい
オバマ前大統領はトランプ政権のコロナ対応を「カオス的大惨事」と批判しました。ホワイトハウス内も感染が相次ぎ、政権内の混乱を象徴しているかのようでした。
コロナ対策チーム(タスク・フォース)の主要メンバーで、米アレルギー感染症研究所(NIAID)のファウチ所長、米疾病予防管理センター(CDC)のレッドフィールド所長、米食品医薬品局(FDA)のハーン長官の3人は感染者と接触があったため、自主隔離を強いられました。
2018年、トランプ政権は国家安全保障局を縮小し、パンデミック対策部門の責任者の職務をなくしました。政府対応には、専門家から成るコロナ対策チーム、「タスク・フォース」を立ち上げましたが、チームを主導する米保険福祉省(HHS)とCDC等の専門家との間の対策をめぐる確執が伝えられ、トランプ大統領の間違ったメッセージと併せて、対応の遅れの原因となったと報道されています。
HHSのアレックス・アザー長官はトランプ大統領の「前例のない行動」を称賛していました。中絶反対の立場を取っており、それゆえに得られた役職とみられています。ブッシュ政権時代にはHHSの法務部長、副長官を歴任していますが、その後、製薬会社イーライリリー・アンド・カンパニーで重役を務めています。イーライリリーはインシュリンの値段を2倍にして、購入できない人が続出し、米国で批判を浴びた経緯があります。アザー長官は就任前までは、政界に影響のある製薬業界のロビーグループの中心人物でもありました。
アザー長官はタスク・フォースの形式的な責任者ですが、対応の遅れが批判され、解任が何度か取りざたされてきました。2月末にはマイク・ペンス副大統領が対策チームの最高責任者に任命されましたが、批判を交わすための形式的な任命だとされています。一方、アザー長官は事実上の責任者は自分であると公言しています。
感染拡大を招いた検査体制の遅れ
トランプ大統領が起用した、CDCのレッドフィールド所長は、大統領の支持層である保守派とのつながりが深いといわれます。エイズ治療に長く携わってきた、ウイルス専門家で、就任当初は過去のエイズ治療不正疑惑が浮上したこともありました。
レッドフィールド所長は、エイズ治療の際、科学的見地よりも宗教的、つまりキリスト教福音派の観点を重視する、非営利団体チルドレン・エイズ基金に席を置いていることや、まだCDCでの経験がないことから、その手腕が疑問視されていました。
CDCは世界トップの感染症専門の米連邦政府期間であり、世界中に支部があり、合計1万5千人のスタッフを抱えています。
新型コロナウィルスのウィルス・ゲノムが1月12日に公開されてから、CDCはすぐに検査キットの製造に当たりましたが、2月に入り、研究機関に配布した検査キットの診断結果が不正確との報告が上がりました。
理由として、試薬が期待どおりに作用しなかったため、と当時説明されましたが、まだ明確な原因がわかっていません。いずれにしても、試薬を作り直さなければいけなくなったことが、検査体制の遅れによる感染拡大を招いた原因のひとつといわれています。
どういうわけか、WHOが各国に送った検査キットを米国は拒否しており、その理由はわかっていません。
当初は中国をほめていたトランプ大統領
現在、米国は新型コロナウィルスの感染を拡大させた責任を中国に向けていますが、5月13日に行われた議会公聴会で、レッドフィールド長官は「CDCとしては1月2日に中国と連絡を取り合っていた」、「1月3日には自身も科学者レベルで先方の担当者と連絡を取り合い、政府間は別にしても、専門家同士では幅広く意思疎通を行ってきた」と証言しています。
トランプ大統領も、2月の時点では、中国のことを称賛していました。2月29日のホワイトハウス対策委員会の会見では、次のようにコメントしています。
「中国は素晴らしく進歩している。感染者数が減っている…中国と(米国との)関係はひじょうに良い。中国とは新たな取引協定を始めたところだ。ひじょうに良い取り引きだ。そしてとても親密に働いている。ウィルス対策で(中国は)こちらの担当者に話をしており、中国担当者もこちらの担当者も話をしている」
中国への責任追及を強める、トランプ政権の現在の対応をみていると、2月の時点での話が本当にそうだったのか、疑問も残ります。
政権の「都合」に左右される科学データ
トランプ大統領が推奨する治療薬
5月に入り、トランプ大統領は経済活動再開に向けた発言が増えていました。こうしたなか、HHS傘下の生物医学先端研究開発局(BARDA)で局長を務め、米政府のワクチン開発政策を主導してきた専門家、リック・ブライト博士が5月14日、議会公聴会で証言に立ちました。
ブライト博士は4月末にHHSに解任され、その決定を不服として連邦政府の監視機関、特殊検査官局(OSC)に異議申し立てをしていました。本人の証言によれば、解任の理由はトランプ大統領が治療薬として推奨していた抗マラリア薬のクロロキンと、ヒドロキシクロロキンの使用に反対したため、と主張しています。
この2種類の抗マラリア薬使用に関しては、FDA(米食品医薬品局)は3月末、一部の入院患者を対象に、製薬会社が無償提供して緊急使用許可を出していました。ところが、安全性監視委員会の勧告により、中止されました。
理由は、不整脈を引き起こす可能性や、心臓障害のリスクが高まること、また投与された患者の死亡率が高かったためです。
しかし、トランプ大統領はこれらの薬が「劇的な治療薬」と公言し、使用しても「失うものは何もない」と何度も繰り返してきました。ブライト博士は、4月に解任された理由として、「安全の確証のない薬を米国民に供給する計画を拒否したため」と主張しています。
製薬会社とトランプ大統領の深い関係
トランプ大統領が2つの抗マラリア薬の使用を推奨してきた理由として、複数の米大手メディアが、トランプ大統領がファミリー企業、側近、支援者と製薬会社との関係が深いことを実名報道しています。
この治療薬の効果は、3月中旬にSNS上で拡散され、その後はトランプ大統領政権寄りのフォックステレビが取り上げました。治療薬を推奨していた団体のひとつは、ジョブ・クリエーター・ネットワークで、数社の製薬会社から造る、米国研究製薬工業協会(PhRMA)がこの団体の資金源になっている。
ジョブ・クリエーター・ネットワークは2016年の大統領選挙でトランプ陣営に700万ドルの選挙資金を寄付しているロビイストです。トランプ大統領の家族に関しても、ヒドロキシクロロキンを製造する会社のひとつであるフランスの製薬会社、サノフィに投資していたことが明らかになっています。
つい先日、ワクチン開発を手がけているサノフィのCEO(最高経営責任者)がフランス企業であるにもかかわらず、生物医学先端研究開発局(BARDA)から一部資金提供を受けていることから、米国へのワクチン供給を優先すると発言して、マクロン仏大統領を激怒させました。
警笛を鳴らし続けた科学者
ブライト博士は5月14日の公聴会で、「このまま対策を講じなければ、2020年は米国の近代史においてもっとも暗い冬を迎えることになる。扉が閉まりつつある」と証言しました。科学者の声を聴かなければ、前例のない数の病人と死者が出ると警笛を鳴らしました。
ブライト博士はさらに、「政権として基本的計画がなく、包括的戦略がない」、「1月から医療マスク含め、医療資材がすぐに不足する可能性を警告したが、黙殺していた。責任者が決まっていないなどの理由で無視され続けた」、「ワクチン製造についても、公正・平等な供給・管理計画がまったくない」と証言しています。
これに対して、民主党議員たちは、国家のために告発したブライト博士に感謝し、その勇気をたたえました。一方、共和党議員は、「内部告発者には証言する機会が与えられるべきだが、現況のなかでは時期尚早である」、「政権の対応を害する行為」と批判的に受け止めました。トランプ大統領は「単なる不満分子、会ったことも聞いたこともない」と返しました。
ブライト博士は同額の給与で他機関に異動となっており、配置換えについては後から聞かされたとのことです。
義理の息子による影の対策チーム
4月初旬、マイク・ペンス副大統領が医療資材確保責任者として、トランプ大統領の義理の息子、ジャレッド・クッシュナーが対策チームの一員だと説明しました。クッシュナーは初めて発言の機会を与えられました。
当時ニューヨークがもっとも深刻な状況にあり、クオモ知事は人工呼吸器が不足する可能性を訴えていたころです。クッシュナーは「今は各州のリーダーの真価が問われています。国家で備蓄する医療資材は州単位の緊急時に備えているものではありません。人工呼吸器もこれ以上必要ないと思われます」とコメントしています。
米国の主要メディアはこの前後から、クッシュナー率いる影の対策チームの存在を報じています。専門家を中心とした対策チームの影で、クッシュナーが若い共和党支持者を集めた十数名のボランティア集団を組織していたのです。
この集団は医療資材確保が任務だったのですが、政府と業務経験のあるサプライヤーを使わず、トランプ大統領に近い団体を優先していました。3月にはEUや中国で医療資材の争奪戦が繰り広げられていたことが思い出されます。
経済再開のガイドラインはあいまいに
コロナ対策チームの中心メンバーで、時の人となっている米アレルギー感染症研究所(NIAID)のファウチ所長は感染症の専門家の立場で、トランプ大統領とは敵対関係にないと付け加えたうえで、「十分な対応がないまま性急な経済再開を進めた場合は感染者が増加し、今よりさらに手がつけられない流行となる恐れがある」と証言しています。
経済再開を進め、責任の矛先を中国に向けたいトランプ大統領とマイク・ポンペオ国務長官は、「人造ウィルス説」「武漢ウィルスセンターからの流出説」を十分な証拠があると主張してきました。しかし、そのたびに、世界の科学者や身内である米国度安全保障省(DHS)やファイブアイズ(米、英、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドが加盟する諜報機関協定)から人造説は否定され、流出の可能性が低いとも指摘されています。
さすがにこれらの説に関してはトランプ政権もトーンダウンをしていますが、今、同盟国には米中の二者択一を迫っています。
三権分立が瀕死の状態に
さらに批判は国内へと向いています。民主党のバイデン大統領候補支持を表明したオバマ前大統領への対決姿勢、そして対策チームのCDCにも批判の矛先を広げ始めました。
トランプ大統領はCDCが作成した経済再開へ受けたガイドラインが細かすぎると批判、もっとあいまいな内容にするように指示をし、検査キットの遅れや未検査死亡者やウイルスが直接な死因ではない患者を死亡者数から削除するよう圧力をかけています。
専門家は治療ができず、自宅や高齢者施設で亡くなっている数を含め、超過死亡を調査すれば相当数が追加になると主張しています。
トランプ大統領は4月以降、政権を監視する政府監察官を交代させています。米国民の命だけではなく、米国の民主主義を支える三権分立が瀕死の状態にさらされているのです。
ケパサenミカサ編集部
参考:Union of Concerned Scientist, “Science under President Trump” / AAAS, “Quarantined at home now, U.S. scientist describes his visit to China’s hot zone” / Reuters, “Exclusive: U.S. axed CDC expert job in China months before virus outbreak” / Politico, “Trump cuts U.S. research on bat-human virus transmission over China ties” / ロイター、「焦点:トランプ政権下の科学者受難、一流諮問委「解体」の内幕」 / The Washington Post, “Contamination at CDC lab delayed rollout of coronavirus tests” / The New York Times, “Trump’s aggressive advocacy of Malaria Drug for Treating Coronavirus Divides Medical Community” / NPR, “Coronavirus Update: Ousted Scientist Rick Bright Testifies Before Congress” / FDA, “FDA cautions against use of hydroxychloroquine or chloroquine for COVID-19 outside of the hospital setting or a clinical trial due to risk of heart rhythm problems” / GQ, “How Trump Became Obsessed with Hydroxychloroquine” / Sludge, “Pharma-Funded Group Tied to a Top Trump Donor Is Promoting Malaria Drug to the President” / The National Memo, “Is Kushner’s Covid-19 ‘Team’ Profiting From The Crisis?” / The Washington Post / The New York Times, “How Kushner’s Volunteer Led a Fumbling Hunt for Medical Supplies” / The Atlantic, “Trump’s Pick for CDC Director Is Experienced But Controversial” / CNN, “Why Trump’s new CDC director is an abysmal choice“, The South China Morning Post, “US CDC had ‘very good interaction’ with China after coronavirus outbreak, says director Robert Redfield” / 日経バイオテク「米FDA、新型コロナに抗マラリア薬のクロロキンの緊急使用許可」/ CNBC, “Federal watchdog finds top vaccine doctor should be reinstated, lawyers say” / ブルーンバーグ「仏サノフィ、新型コロナのワクチン成功後はまず米国に供給へ-CEO」/ ブルーンバーグ「抗マラリア薬の併用療法、米専門家パネルが実施控えるよう勧告」/ AAAS(アメリカ科学振興協会), “’I’m going to keep pushing.’ Anthony Fauci tries to make the White House listen to facts of the pandemic“