米国の新型コロナ対策~対応の遅れと米大統領選

北米

新型コロナウィルスにおける感染者数、死亡者数ともに世界最大となっている米国。日本時間16日現在、感染者数145万人、死亡者数8万6千人となり、米政権の対応の遅れも指摘されてきました。

トランプ米大統領は2020年11月3日の大統領選再選に向けた選挙キャンペーンを本格化させており、新型コロナ対応の批判をかわし、大統領選で優位に立ちたいという意図が見え隠れしています。

米国の新型コロナ対策と大統領選

 メキシコ国境の「壁」にこだわり

トランプ米大統領は5月4日のツイッターにこう投稿しました。

「残念にもコロナウイルスでメキシコが大変な思いをしている。今はカリフォルニアでさえ、南の国境から誰にも来てほしくないと思っている。私が大統領なのが幸運だ。国境が頑丈になり、壁が急速に造られている!」

2016年の大統領選でメキシコ人を犯罪者よばわりして、国境の壁建設を公約にあげたトランプ大統領ですが、相変わらず「壁」にこだわり続けています。

さらに新型コロナウィルスの感染拡大により、メキシコからの越境者が多い国境沿いの町で、医療崩壊を招きかねないとして、トランプ米大統領は「メキシコの国境では米国側の監視が厳しくなっている」とアピールしています。

実際に、米国から中南米への移民の国外追放が続いており、国境なき医師団は「感染者数が多い地域から少ない地域へと移動させることは、感染拡大につながる可能性があり、大変危険だ」と米国政府にやめるよう訴えています。

 移民の多くがエッセンシャルワーカー

4月22日、ICE(アメリカ合衆国移民・関税執行局)の発表によると、全米で収容されている不法移民の数は3万2000人以上にのぼります。収容移民を対象にした新型コロナウィルスの検査はわずか425件ですが、うち250人以上に陽性反応がありました。

ICEはガイドラインを作成し、地域当局と協力して対策を講じていると説明していますが、民間委託で管理されている収容所は「現場まかせ」の状況です。ジョージア州、テキサス州、ルイジアナ州の収容所からは、「石鹸がなく、衛生環境は劣悪」との訴えが収容者から出ており、米ロサンゼルスのスペイン語メディアに報道されて、明るみになりました。

そうしたなか、トランプ米大統領は4月23日、米国人の雇用を守るため、米国永住権の取得をめざす移民の受け入れを60日停止するとの大統領令を発動しました。

さらに季節労働者の受け入れも停止するよう、アーカンソー州、テキサス州、アイオワ州、ミズーリ州の共和党議員が連名でトランプ大統領に要望書を送っています。この要望書には「農業従事者だけは例外とする」とあり、米国に都合のよい内容になっています。

現在、特定国の不法移民の就労許可であるTPSを持つ13万人がエッセンシャルワーカー(公共交通機関、スーパーやドラッグストア、配達など、生活に必須な職従事者)として働いています。そのほとんどが中米のエルサルバドル、ハイチ、ホンジュラス、ニカラグアからの不法移民で占められています。

一方で、メキシコは医療サービスが米国に比べ30~70パーセント安価なため、国境の町ティファナに年間120万人の米国人が治療にやってくる、という現実もあります。ティファナが位置する、バハ・カリフォルニア州には米国人20万人以上が在住しています。こうした現実をトランプ大統領はどう考えるのでしょうか。

 順風満帆のスタートのはずが…

2020年は米国によるイラン革命防衛隊ソレイマニ司令官殺害で始まり、米国とイランとの緊張が高まりました。有力な民主党候補者がいないなか、再選に向け、大統領選の年が始まったのです。

最終的に経済動向がカギを握る大統領選であることから、トランプ大統領は経済摩擦をあおりながら、好調な経済を味方につけてきました。1月15日、中国との貿易戦争は一時休戦し、米ホワイトハウスで、劉鶴・中国副首相と第1段階の経済・貿易協定に署名しました。

ウクライナ疑惑による弾劾裁判も不発に終わり、順風満帆のトランプ大統領のはずでした。ところが、その状況に水を差すかのように、新型コロナウィルス問題が発生したのです。

 1月に米国疾病予防センターが注意勧告

新型コロナウィルスに関しては、対応の遅れが指摘される米国ですが、新型コロナウィルスの情報がもたらされたのは1月と、比較的早い時期でした。

米国疾病予防センター(CDC)はこの時点で衛生上の注意勧告も出していたのです。

1月8日、CDCは中国武漢で起きている原因不明の肺炎患者の発生状況を報告し、医療・衛生関係機関向けにレベル1を発表しました。

しかしこの原因不明の肺炎を引き起こしたウィルスは、季節インフルエンザ、鳥インフルザ、アデノウィルス、急性呼吸器症候群の原因となるコロナウィルス(SARS、MERS)検査では陰性反応でした。

このとき150人以上の接触者が経過観察中となり、原因究明のための検査が実施されていました。同報告には、武漢市衛生委員会がそれまでの感染状況をまとめた内容が、1月5日付のWHO作成報告書に添えられています。

またこの報告には感染場所として疑われた武漢海鮮市場が1月1日に閉鎖されていることも記されています。

1月7日、原因不明の肺炎が新型コロナウィルスによるものであることが報告されました。1月12日には中国当局がウィルスの完全ゲノム配列を公開しており、これにより感染検査ができるようになりました。

人から人への感染は起きていましたが、患者から医療従事者への感染がまだ確認されておらず、市中感染はみられませんでしたが、衛生・渡航注意の勧告レベル1がすでに出されており、最初の発表は1月6日にしていたのです。

 共和党の大統領選挙キャンペーンマニュアル

実際、1月24日、武漢封鎖の翌日ですが、トランプ米大統領は感染拡大の防止に取り組む中国の努力と情報の透明性にツイッターで感謝の意を示していました。その後、2ヶ月に渡り中国とは常に親密に連絡を取り合っていた、とも発信しています。

ただ米国内の新型コロナウィルスについては、「アンダーコントロール」と言い続けて、特別な対策を講じていませんでした。

全国共和党上院委員会は57ページにのぼる大統領選に向けたキャンペーンマニュアルを作成していました。そのなかに以下の内容が含まれています。

①中国によるウィルス隠蔽、偽装して世界の医療資材を秘蓄した
②民主党は中国に対して弱腰、中国共産党への対応を失敗している
③我々は米国の製造業を取り戻し、パンデミック拡大の責任で中国に制裁を科す

さらに「中国渡航制限措置以外ではトランプを弁護せず、中国攻撃あるのみ!(”Don’t defend Trump, other than the China Travel Ban – attack China!)」との文言もありました。

中国への攻撃材料としては、ウィルスが武漢の研究所から流出したとの説、隠蔽したこと、WHOが中国寄りであることなど。また民主党を攻撃する材料として、感染者や死亡者がもっとも多いニューヨーク州のクオモ知事、デブラシオ市長(両者とも民主党)が対策を拒んだためとすることも盛り込んでいたのです。

米国政府が主張している「ウィルスが人工的に造られた」との説には、世界中の専門家が否定しており、「身内」といえる専門家チームのアンソニー・ファウチでさえ、その説に異を唱えています。

またニューヨーク州のクオモ知事は連邦政府の対策の遅れを批判しています。

トランプ米大統領の新型コロナウィルス対策をめぐる言動には「いかにして大統領選を有利に導くか」を優先する意図が透けてみえるのです。

ケパサenミカサ編集部

(注)原因不明の肺炎が新型コロナウィルスによるものである、と報告された日付を修正いたしました。

参考:Tijanotas, “Tijuana: el paraíso médico de los estadounidenses” / ADN Cuba, “Médicos Sin Fronteras pide detener las deportaciones desde EE. UU. para no poner en crisis sistemas sanitarios de la región” / La Opinion, “Republicanos piden a Trump suspender visas de trabajo temporal, excepto a campesinos” / Univision Noticias, “Ni pruebas ni máscaras y amontonados: ICE confirma el primer caso de coronavirus y los detenidos se sienten esprotegidos” / U.S. Immigration and Customs Enforcement, “ICE Guidance on COVID-19” / Centers for Disease Prevention and Control, “Outbreak of Pneumonia of Unknown Etiology (PUE) in Wuhan, China” / World Health Organization, “Pneumonia of unknown cause – China” / Centers for Disease Prevention and Control, “Update and Interim Guidance on Outbreak of 2019 Novel Coronavirus (2019-nCoV) in Wuhan, China” / The Uniersity of Sydney, “COVID_USydExpertise_04May2020” / O’Donnel & Associate, “Corona Big Book” / POLITICO, “GOP memo urges anti-China assault over coronavirus“, / Science Speaks: Global ID News, “An ID physician addresses questions on pneumonia of unknown cause in Wuhan City, China” / Huffington Post, “10 Of Trump’s Most Damaging Coronavirus Lies” / Politico, “15 times Trump praised China as coronavirus was spreading across the globe” / CNBC, “Trump says he trusts China’s Xi on coronavirus and the US has it ‘totally under control’” / AP News, “US ‘wasted’ months before preparing for coronavirus pandemic” / Nature Medicine, “The proximal origin of SARS-CoV-2” / Office of the Director National Intelligence, “Intelligence Community Statement on Origins of COVID-19” / National Geographic, “Fauci: No scientific evidence the coronavirus was made in a Chinese lab” / The New York Times, “How Cuomo, Once on Sidelines, Became the Politician of the Moment

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